「父が一人で住んでいた家で亡くなって、見つかるまでに時間がかかりました。この家、売れるんでしょうか」。相続の相談で、こうした言葉を聞くことは珍しくありませんでした。
僕は2016年から6年間、大手の不動産・建築会社で土地活用のコンサルティング営業をしていた人間です。人が亡くなった家の売却を自分で担当した経験はありませんが、訳ありの土地や相続で止まった家を、どの順番で動かすかを考える仕事をしてきました。
結論から言うと、事故物件の売却は「何を告げるか」を先に決めた人から進みます。告げる中身が決まると、売り先が5つのうちどれに向くかが決まり、価格の読み方まで決まるからです。逆に、告げる中身があいまいなまま業者に声をかけると、業者ごとに違う前提の数字が返ってきて、比べられなくなります。
もう1つ、先に伝えておきたいことがあるんです。「時間がたてば告げなくてよくなる」「貸して人が住めば消える」「壊せば関係なくなる」という3つの話は、国の資料を読むかぎり、売買では成り立ちません。ここを知らずに動くと、売ったあとで追いかけられることになるんです。
この記事では、事故物件の売却が普通の売却と違う点、売主が先に整理する告げる中身、5つの売り先の向き不向き、仲介で売る手順、時間を置く判断の誤解、相続した家の進め方、税金、売れないときの手当て、全体の進め方の順にたどります。
法令と制度は、国土交通省・法務省・国税庁・財務省・e-Gov法令検索で確認したものだけを載せました。2026年9月時点の内容としてお読みください。訳ありの家や土地全般の売り先の比べ方は、訳あり物件の売却は「訳」の中身で売り先が決まる|4種類の訳と5つの出口、動く前に整える3つのことに分けて書いています。
事故物件の売却は普通の家の売却と何が違うのか|3つの点

事故物件の売却が普通の家と違うのは、家そのものではなく、売主に付く義務と、買主の側の受け止め方です。違いは3つに分けて読めるんですね。
違い1|告げる義務が売主に付き、告げ方が結果を左右する
普通の家でも、雨漏りや傾きのような不具合は買主に伝えます。事故物件では、そこに人の死に関する事実が加わるんです。国土交通省のガイドラインは、宅地建物取引業者が買主に告げるべき内容として、発生時期・場所・死因・特殊清掃の有無を挙げています。
売主は、その材料を業者に渡す側です。業者は売主に告知書への記載を求めれば調査義務を果たしたことになるので、売主が書いた内容が、そのまま買主に渡る前提になります。告げ方の巧拙が、そのまま売却の結果を左右するわけです。
出典:国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」
違い2|買主の母数が減り、価格の物差しが人によって違う
普通の家なら、近隣の取引価格を土台にして買主も売主も同じ物差しで値段を見ます。事故物件では、同じ家を見ても「気にしない」と言う人と「絶対に住めない」と言う人に分かれるんです。
母数が減るだけではなく、残った買主の中でも価格の物差しがばらつくのが、事故物件の売却の難しさになります。だから「相場の何割」という一律の答えは存在しません。公的な統計もないので、この記事では数字を書かずに、価格が決まる構造の側で整理していきます。
違い3|売り先が「誰なら抵抗なく使えるか」で決まる
普通の家の売り先は、住みたい人か、貸したい人です。事故物件では、その家をそのまま住まいとして使う人以外に、貸す前提で買う人、更地にして使う人、隣で使う人、専門の業者が候補に入ってきます。
つまり、売り先は「誰がこの家を抵抗なく使えるか」で決まるんです。この視点で5つの出口を並べたのが3章になります。先に出口を決めてから業者に当たると、返ってくる数字の意味が読めるようになりますよ。
| 違い | 普通の家 | 事故物件 |
|---|---|---|
| 告げる義務 | 不具合を伝える | 発生時期・場所・死因・特殊清掃の有無を加える |
| 買主の母数と物差し | 近隣の取引価格で一致 | 母数が減り、物差しが人ごとに違う |
| 売り先の決まり方 | 住みたい人・貸したい人 | 抵抗なく使える人は誰かで決まる |
事故物件を売却する前に整理する「告げる中身」|4つの項目

事故物件の売却で、売主がいちばん先にやることは、告げる中身を4つの項目で整理することです。国土交通省のガイドラインが「告げる内容」として挙げているのが、この4つになります。
順に見ていきましょう。
項目1|発生時期はいつか
亡くなった時期です。特殊清掃が行われた場合は、発覚した時期になります。日付が分かるなら日付を、分からないなら年月を、それも分からないなら「不明」と書いてください。
分からないことを分からないと書くのは、ガイドラインが認めている書き方です。推測で埋めるほうが、あとで事実と違ったときに問題になります。
項目2|場所はどこか
家のどの部屋で起きたのか、という項目になります。浴室・寝室・居間といった単位で足ります。共用部分や隣接する住戸での出来事は、原則として告げなくてよいとされていますが、この線引きは別の記事で整理しました。
場所を書く理由は、買主が「その部屋をどう使うか」を判断するためです。買主がリフォームの範囲を決める材料にもなります。線引きの詳細は事故物件買取業者の選び方|告知義務の線引きと、査定を受ける前に整えておく4つのことに書いています。
項目3|死因はどの区分か
自然死か、事故死か、自死か、他殺か、という区分です。ガイドラインは、老衰や持病による病死といった自然死と、階段からの転落や入浴中の事故のような日常生活の中での不慮の死は、原則として告げなくてよいとしています。
ただし、自然死であっても、特殊清掃が行われた場合は告げる側に回るんです。死因ではなく「そのあと何が行われたか」で線が動く、と覚えておいてください。
項目4|特殊清掃の有無はどうか
特殊清掃とは、亡くなった方がいた住居で、原状回復のために消臭・消毒や清掃を行うサービスのことです。行われたなら、その事実と時期を書きます。業者の領収書や作業報告書があれば、日付の裏付けになります。
反対に、氏名・年齢・住所・家族構成・具体的な死の態様・発見状況は告げる必要がないとガイドラインは書いています。亡くなった方の名誉と、遺族の生活への配慮です。書かなくてよいことを書き込まないのも、整理のうちに入ります。
| 項目 | 書くこと | 書かなくてよいこと |
|---|---|---|
| 1 発生時期 | 日付・年月・不明なら不明 | — |
| 2 場所 | 部屋の単位 | 隣接住戸・通常使わない共用部分の事案 |
| 3 死因 | 自然死・事故死・自死・他殺の区分 | 具体的な死の態様 |
| 4 特殊清掃 | 有無と時期 | 氏名・年齢・家族構成・発見状況 |

口頭で伝えた内容を、あとから確かめる方法はありません。実務をしていた当時、揉めごとの多くは「言った」「聞いていない」から始まっていました。
4つの項目は、業者に会う前に自分で紙に書き、渡した日付も控えておくのが順番です。告知書の下書きになりますし、複数の業者に同じ紙を渡せるようになります。
事故物件の売却先は5つ|出口ごとの向き不向き

告げる中身が整理できたら、売り先を決めます。事故物件の売却先は5つに分かれ、それぞれ向く家と向かない家があるんです。
順に見ていきましょう。
出口1|仲介で一般の買主を探すのはどんな家に向くのか
立地がよく、築年数が浅く、告げる中身が自然死と特殊清掃の有無だけ、という家は、仲介で一般の買主を探す価値があります。買主の母数は減りますが、残った買主が「気にしない」と言えば、買取より高い価格で決まる可能性があるからです。
反対に、買主の側が判断に困る事情が重なる家ほど、仲介で待つ時間が長くなります。仲介で売る段取りは4章で手順にしました。
出口2|買取業者に直接売るのはどんなときに選ぶのか
期限が決まっている、遠方で管理できない、内見のたびに説明するのがつらい、という方は、事故物件を専門に扱う買取業者に直接売る道があります。業者が自分で買うので、買主を探す時間がかかりません。
価格は仲介より下がるのが普通です。ただし、仲介で長く売れ残ったときの維持費と値下げを引くと、手取りの差は縮まることがあります。買取の価格がどう決まるかは事故物件買取はいくらになるのか|価格の決まり方と、仲介と比べて手元に残る額の出し方に分けて書きました。
出口3|隣地の所有者や知人に声をかけるのはなぜ有力なのか
隣の家の方や、その地域で事情を知っている方は、一般の買主より抵抗が小さいことがあります。すでに経緯を知っているからです。隣地なら、家を壊して敷地を広げる使い方も選べます。
僕が実務をしていた当時、隣人への聞き取りは空き家の調査で欠かせない作業でした。「売る話」ではなく「手放すことになった知らせ」として持っていくと、相手が構えません。買いたいという返事があれば、業者の数字を下限にして条件を詰められます。
出口4|貸してから売るのはどんな計算で決めるのか
すぐに売らず、賃貸に出して家賃を取りながら、時期を見て売る道です。国土交通省のガイドラインは、賃貸では特殊清掃等が行われた事案や自然死以外の事案について、発覚から概ね3年を経過した後は原則として借主に告げなくてよいとしています。
ここで気をつけたいのは、その「概ね3年」は賃貸の借主に対する目安であって、売買には年数の定めが置かれていないことです。貸して人が住んでも、売るときに告げる中身は変わりません。この道を選ぶかどうかは、家賃と管理費と固定資産税を並べて、売る時期を先に決めてから判断してください。5章で誤解として整理します。
出口5|解体して土地として売るのはどんな家に向くのか
建物が古く、告げる中身が重い家は、壊して土地として売ることを考える方が多いです。買主にとって「その部屋」が存在しなくなるので、抵抗が小さくなるのは確かになります。
ただし、ガイドラインは人の死が生じた建物が取り壊された後の土地取引を、裁判例や取引実務の蓄積が足りないとして対象にしていません。「壊せば告げなくてよい」と言い切れる国の資料は存在しないんです。解体費を先に払い、土地の価格で回収できるかを計算してから決めてください。
| 出口 | 向く家 | 気をつける点 |
|---|---|---|
| 1 仲介 | 立地がよく、告げる中身が軽い | 待つ時間と内見の説明 |
| 2 買取業者 | 期限がある・遠方・説明がつらい | 価格は仲介より下がる |
| 3 隣地・知人 | 事情を知る人が近くにいる | 知らせとして持っていく |
| 4 貸してから売る | 家賃が取れる立地 | 売買に年数の定めはない |
| 5 解体して土地 | 建物が古く、告げる中身が重い | 解体後の土地は国の資料の対象外 |

出口を先に決めずに業者へ行くと、業者は自分の出口を前提に数字を出してきます。それ自体は当然のことで、業者を責める話ではないんです。
5つの出口のうち「自分の家に向くのはどれか」を2つまで絞ってから声をかけると、返ってきた数字がその出口の数字だと分かります。比べられる状態を自分で作る、という順番ですね。
事故物件を仲介で売却するときの段取り|4つの手順

仲介で売ると決めたら、段取りは4つになります。事故物件に固有の手順は、告知書の書き方と、広告と内見での伝え方です。
手順を4つに分けて見ていきましょう。
手順1|媒介契約の種類を選び、書面を受け取る
不動産会社に仲介を頼むときは、媒介契約を結ぶことになります。1社だけに頼む専任媒介契約は、有効期間が3か月を超えられず、業者は指定流通機構に物件を登録し、業務の処理状況を2週間に1回以上、依頼者に報告する義務を負います。他社に重ねて頼めない特約付きなら、報告は1週間に1回以上です。
複数の会社に頼める一般媒介契約なら、この登録と報告の義務はありません。事故物件は、告げる中身の扱いを1社と詰めながら進めるほうが管理しやすいので、専任媒介で報告を受けながら進める方が多いです。どちらでも、契約時に書面を受け取り、価格の根拠を説明してもらってください。業者は価格について意見を述べるときに根拠を明らかにしなければならない、と法律に書かれています。
手順2|告知書に4つの項目を書き、写しを残す
2章で整理した4つの項目を、業者が用意する告知書(物件状況等報告書)へ書き写してください。業者はこれを買主への説明に使い、契約前の重要事項説明でも取引に重要な影響を及ぼす事項として扱います。
書いた告知書の写しを、日付とともに自分の手元に残してください。売ったあとに「聞いていない」と言われたとき、告げた事実を示せる唯一の材料になります。書面での告知が望ましい、とガイドラインにも書かれています。
手順3|広告と内見で、伝える順番を決めておく
事故物件の広告は、告知事項がある旨を先に出す方法と、問い合わせがあった段階で伝える方法があるんです。どちらを取るかは業者と決めることになりますが、内見に来る前に伝えておくほうが、来た人が「知ったうえで見に来た人」になるので、話が早く進みます。
内見のたびに売主が説明するのはつらいものです。業者に告げる中身を渡し、説明は業者に任せて、売主は立ち会わない形にすることもできます。
手順4|値付けは近隣の取引価格から始め、値下げの期限を先に決める
値付けの土台は、事故がなかった場合の近隣の取引価格です。国土交通省の不動産情報ライブラリでは、成約した価格を地図から絞り込んで見られます。そこから、告げる中身の重さと、買主の母数の減り方を見て、業者と下げ幅を相談してください。
相場を知らずに交渉の席につかない、というのは実務をしていた当時から変わらない順番です。あわせて、いつまで売れなければいくら下げるか、いつまで売れなければ買取に切り替えるか、という期限を最初に決めておきましょう。なお、物件価格が800万円以下の家や土地では、仲介手数料の上限が売主・買主それぞれ税込33万円までになる特例があります。原則より高くなることがあるので、媒介契約のときに手数料の額を確かめておきましょう。
出典:国土交通省「不動産情報ライブラリ」/国土交通省「<消費者の皆様向け>不動産取引に関するお知らせ」/国土交通省「宅地建物取引業者が宅地又は建物の売買等に関して受けることができる報酬の額(昭和四十五年十月二十三日建設省告示第千五百五十二号)」
| 手順 | やること | 事故物件で気をつける点 |
|---|---|---|
| 1 媒介契約 | 種類を選び書面を受け取る | 専任なら3か月・登録・報告の義務 |
| 2 告知書 | 4つの項目を書く | 写しと日付を残す |
| 3 広告と内見 | 伝える順番を決める | 内見前に伝えるほうが早い |
| 4 値付け | 近隣の取引価格から | 値下げと切り替えの期限を先に決める |

僕がグループの売買部門と一緒に動いていた当時、手間のわりに実らない案件は後回しにされがちでした。同じ会社でも担当者によって温度差がはっきり出るんです。
事故物件の仲介は、報告の頻度が法律で決まっている専任媒介を使い、報告の中身で担当者を見るのが順番になります。2週間に1回の報告が形だけなら、3か月の期限で会社を替えてください。
事故物件の売却は時間を置けば楽になるのか|3つの誤解

事故物件の売却で、よく聞く「時間がたてば大丈夫」という話は、国の資料を読むかぎり売買では成り立ちません。誤解は3つに分けられます。
順に見ていきましょう。
誤解1|「3年たてば告げなくてよい」は売買にも当てはまるのか
ガイドラインが「概ね3年」という目安を置いたのは、賃貸借の項目だけです。売買には年数の定めが置かれていません。売買では、どれだけ時間がたっても、告げる中身は告げる側に残ることになります。
しかも賃貸でも、事件性や周知性、社会に与えた影響が特に高い事案は3年の目安の対象外とされています。年数で消えると考えるのは、どちらの取引でも危ないんですね。
誤解2|「貸して人が住めば消える」は本当か
出口4で触れたとおり、人が住んだ実績は、次の借主への告知の目安に関わるだけです。売るときは別になります。さらにガイドラインは、買主から事案の有無を問われた場合は、経過期間や死因に関わらず、調査で判明した点を告げる必要があるとしています。
貸してから売る道を選ぶなら、家賃で維持費が賄えるかどうかで判断してください。告知が消えることを期待して選ぶ道ではありません。
誤解3|「隠しても免責の特約があれば守られる」は成り立つのか
売買契約に、売主が契約不適合責任を負わないという特約を置くことがあるんです。ただし民法は、担保責任を負わない特約をしても、知りながら告げなかった事実については責任を免れないと定めています。
さらに、買主が不適合を知った時から1年以内に通知しないと責任を追及できないという期間制限も、売主が引渡しの時に不適合を知っていた場合には適用されません。契約後、引渡しまでに知った事実にも告知義務があるとした裁判例もあります。隠すことで守られる道は、法律の側で閉じられているんです。
| 誤解 | 実際の扱い | 根拠 |
|---|---|---|
| 1 3年で消える | 賃貸の目安。売買に年数の定めはない | ガイドライン |
| 2 貸せば消える | 問われたら期間・死因に関わらず告げる | ガイドライン |
| 3 免責で守られる | 知りながら告げなかった事実は免責されない | 民法572条・566条 |

制度を知らずに動いた方が、あとで口にする言葉は決まっています。「先に言ってほしかった」です。実務をしていた当時、この言葉を何度も聞きました。
時間を置く判断は、告知が消えるかどうかではなく、その間の維持費を家賃で賄えるかどうかで決めてください。判断の物差しを取り違えると、待った年数がそのまま損になります。
相続した事故物件を売却する|3つの手順

事故物件の売却の相談で多いのは、一人暮らしの親が自宅で亡くなった家です。相続した家には、事故物件の告知とは別に、相続の手順が加わります。
手順は3つになります。
手順1|相続登記を済ませ、売主を確定する
登記の名義が亡くなった親のままでは、売主が誰かを確定できません。相続で取得したことを知った日から3年以内に相続登記をする義務があり、令和6年4月1日より前の相続も令和9年3月31日が期限になります。
僕が登記事項証明書で所有者を追いかけていた当時、名義が二代前・三代前のまま止まっている家に何度も当たりました。名義が古いほど相続人が増え、全員の判子を集める手間が増えます。相続登記の登録免許税は、価額が100万円以下の土地なら令和9年3月31日まで免税です。
出典:法務省「相続登記の申請義務化に関するQ&A」/法務局「相続登記の登録免許税の免税措置について」
手順2|相続人全員で「売って分ける」と決める
相続人が複数いる場合、家を売るには全員の合意が要ることになります。売って代金を分ける方法は換価分割と呼ばれ、遺産分割協議書にその旨を書いておくと、代金の分け方で揉めにくくなります。書き方は換価分割とは?実家を売って分けるときの手順と贈与税を避ける書き方にまとめました。
「売りたい人」と「そのままにしたい人」に分かれたときは、家の話より先に、維持費を誰が払い続けるかを数字で並べてください。現場で聞いていたのは、家をめぐる兄弟の争いで、親が望んでいたはずの形から遠ざかっていく話でした。個別の争いに関するご相談は、法律上、弁護士以外がお答えできない決まりがあります。揉めている段階なら、弁護士に相談してください。名義人の判断能力に不安がある場合は、成年後見の制度が関わります。
手順3|一人暮らしの親の家なら、3,000万円控除の要件を確かめる
相続した空き家を売ったとき、要件を満たせば譲渡所得から最高3,000万円を控除できる特例があります。要件のひとつが、相続の直前に亡くなった方が一人で住んでいたことです。一人暮らしの親が自宅で亡くなった家は、この要件と重なりやすいんですね。
昭和56年5月31日以前に建築された家であること、区分所有建物でないこと、売却代金が1億円以下であること、相続開始から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ることが主な要件になります。制度の期限は令和9年12月31日までです。令和6年1月1日以後の売却では、買主が翌年2月15日までに取壊しや耐震改修を行う場合も対象になるので、現状のまま売る道でも使えます。
出典:国税庁「No.3306 被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例」
| 手順 | やること | 期限・要件 |
|---|---|---|
| 1 相続登記 | 名義を相続人にする | 知った日から3年・令和9年3月31日 |
| 2 全員で決める | 換価分割を協議書に書く | 全員の合意 |
| 3 3,000万円控除 | 要件を確かめる | 一人暮らし・昭和56年5月31日以前・令和9年12月31日まで |

相続の相談で、実務をしていた当時にいちばん効いたのは、感情の話を数字に置き換えることでした。年間の固定資産税と管理の費用を出し、それが何年分で提示額の差を埋めるかを見るだけです。
「この家を持ち続けると、毎年いくら出ていくか」を兄弟全員が同じ紙で見ると、売るか残すかの話が前に進みます。数字は人を責めませんから。
事故物件を売却したときの税金|3つの制度

事故物件は代金が小さくなることが多く、税金の特例で手取りの印象が変わります。契約の前に、3つの制度を確かめてください。
制度は執筆時点の2026年9月の内容です。個別の税額計算は税理士の領域なので、ここでは仕組みと期限だけ整理しますね。
制度1|譲渡所得はどう計算し、長期と短期はどこで分かれるのか
売った代金から、取得費と売るためにかかった費用を引いた額が譲渡所得です。取得費が分からないときは、売った代金の5%を取得費とみなす計算ができます。所有期間は、売った年の1月1日で5年を超えていれば長期、5年以下なら短期です。
相続した家の所有期間は、亡くなった親が取得した日から数えます。親の代から住んでいた家なら、基本的には長期になり、税率は所得税15%と住民税5%に復興特別所得税が加わる形です。
出典:国税庁「No.3202 譲渡所得の計算のしかた(分離課税)」/国税庁「No.3208 長期譲渡所得の税額の計算」
制度2|低未利用土地の100万円控除は安く売る事故物件に効くのか
都市計画区域内の低未利用土地等を500万円以下で売った場合、長期譲渡所得から100万円を控除できる制度があります。市街化区域など一定の区域では800万円以下まで対象です。売った年の1月1日で所有期間が5年を超えていること、売った後にその土地が利用されることが要件になります。
代金が小さくなりがちな事故物件は、この枠に収まる場面が出てきます。国税庁のページには令和7年12月31日までと書かれていますが、令和8年度税制改正の大綱で適用期限が3年延長されると決まりました。
出典:国税庁「No.3226 低未利用土地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の特別控除」/財務省「令和8年度税制改正の大綱」
制度3|相続税を払っているなら取得費加算はどうか
相続税を払っている場合、相続開始の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日までに売れば、相続税額の一部を取得費に加算できます。譲渡所得が小さくなる仕組みです。
この特例は、6章の3,000万円控除とは併用できません。どちらが得かは物件ごとに違うので、契約の前に税理士へ一度だけ聞いておくのが、いちばん安い保険になります。改正の経緯は空き家の3,000万円控除は何が変わった?|2026年8月の要望での変更点と対象外の5つの出口を解説に書きました。
出典:国税庁「No.3267 相続財産を譲渡した場合の取得費の特例」
| 制度 | 使える場面 | 押さえる要件 |
|---|---|---|
| 譲渡所得の計算 | 売ったすべての人 | 相続した家は親の取得日から通算 |
| 低未利用土地の100万円控除 | 500万円以下で売る | 所有5年超・売った後に利用される・大綱で3年延長 |
| 取得費加算 | 相続税を払った | 申告期限から3年以内・3,000万円控除と併用不可 |

特例は、売る前に知っていた人だけが使えます。実務をしていた当時、制度を知らずに損をした方を見るたびに、順番の問題だと感じていました。
事故物件は代金が小さいぶん、100万円の控除1つで手取りの印象が変わります。契約書に判を押す前に、税理士に「どの特例が使えるか」だけ聞いてください。
事故物件が売れないときはどうするか|4つの手当て

仲介に出して動かない、買取業者に断られた、という段階でも、打てる手当ては残っています。手当ては4つです。
順に見ていきましょう。
手当て1|告げる中身と資料を整え直す
売れない理由が「告げる中身が重い」ではなく「告げる中身があいまい」であることは少なくありません。発生時期が不明のまま、特殊清掃の有無が書かれていない、という状態だと、買主は最悪の想定で見ます。
特殊清掃の領収書、当時の記録、リフォームの履歴をそろえて告知書を書き直すだけで、買主の見え方が変わることがあります。2章の4項目に戻ってください。
手当て2|売り先と売り方を変える
仲介で動かないなら買取業者に、業者に断られたなら隣地や知人に、という順に出口を替えていきましょう。同じ家でも、抵抗なく使える相手が違えば答えが変わるからです。
業者に断られたときは、断られた理由を聞いてください。理由が価格なら条件を変えてもう一度当たれますし、理由が権利や境界なら整えてから戻れます。田舎の空き家全般の出口の当たり方は田舎の空き家処分はどの順番で動くか|値段が付かない4つの理由と、7つの出口の当たり方にまとめています。
手当て3|持ち続ける費用を数字にして、期限を切る
売れない期間にも、固定資産税と管理の費用は出ていきます。年間の額を出し、それが何年分で買取の提示額との差を埋めるかを計算してください。
回収の計算は、持ち続けるか手放すかを決める唯一の物差しになります。実務をしていた当時、持ち続けるか手放すかの相談で最後に効いたのは、いつもこの計算でした。
手当て4|解体して土地にする判断を、税金と制度で確かめる
建物を壊して土地として売る道を選ぶなら、2つ確かめることがあります。1つは固定資産税です。固定資産税は毎年1月1日の状態で決まり、住宅が建っている土地には課税標準を200㎡以下の部分で6分の1にする特例があります。年末に壊すと、翌年から特例が外れて課税標準が最大6倍になるので、壊す時期は年明けを目安に考えるのが順番になります。
もう1つは、土地が売れなかったときの出口です。相続した土地なら、相続土地国庫帰属制度で国に引き取ってもらう道があります。建物がある土地は申請できないので、解体してはじめて候補に入ります。却下事由と不承認事由の一覧に、人が亡くなった履歴そのものは挙げられていません。境界が明らかでない土地は却下されるので、境界の確認も先に済ませておきましょう。
出典:e-Gov法令検索「地方税法」/法務省「相続土地国庫帰属制度の概要」
| 手当て | やること | 見るもの |
|---|---|---|
| 1 資料を整え直す | 告知書を書き直す | 領収書・記録・履歴 |
| 2 売り先を変える | 仲介→買取→隣地の順 | 断られた理由 |
| 3 期限を切る | 年間の維持費を出す | 何年分で差が埋まるか |
| 4 解体の判断 | 1月1日と国庫帰属を確かめる | 住宅用地の特例・却下事由 |

解体の現場を担当していた当時、壊す前に所有者本人が近隣へ挨拶に行くかどうかで、工事中の苦情の出方がまるで違いました。事情を知っている近隣ほど、本人の口から聞きたいものなんです。
壊すと決めたら、業者だけに任せず、自分で一度は近隣に顔を出してください。売れたあとも、その土地は隣の方の隣であり続けます。
事故物件の売却はどう進めるか|5つのステップ

段取りが決まっていれば、事故物件の売却は思ったより短く終わります。進め方は5つのステップになります。
ステップ1|告げる中身と家の資料を1枚にまとめる
2章の4項目に、登記事項証明書で確かめた名義・地番・面積、特殊清掃やリフォームの領収書を足して、1枚の紙にします。この1枚が、業者全社に渡す共通の資料です。
ステップ2|名義と相続人を確定する
名義が亡くなった方のままなら相続登記を進め、相続人が複数なら全員で売る合意を取ります。共有の進め方は共有名義の土地売却は何から始めるか|全員の同意が要る場面と、反対されたときの4つの出口に書きました。売主が確定していない家に、業者は正式な数字を出せません。
ステップ3|5つの出口から2つに絞る
3章の表で、自分の家に向く出口を2つまでに絞ります。仲介と買取、買取と隣地、というように、性質の違う出口を2つ持っておくと、片方が止まっても止まりません。
ステップ4|同じ資料で複数の相手に価格を聞く
ステップ1の紙を、出口の違う相手に同じ形で渡して価格を聞きます。条件が同じだからこそ横に並べて比べられるわけです。根拠を説明できない数字は、比べる材料になりません。買取の価格の逆算は訳あり物件買取はいくらで決まるのか|「訳」ごとに引かれる4つの額と、仲介より手取りが残る3つの場面に書いています。
ステップ5|契約から決済、翌年の確定申告まで
契約書では、告知した内容が書面に残っているか、免責の範囲、残置物の扱い、解除の条件を読んでください。残すものと渡すものは目録にして契約に付けるのが順番です。実務をしていた当時、口約束を目録に落とす進め方は多くありました。売った翌年には譲渡所得の確定申告があるので、契約書と費用の領収書は保管しておきましょう。
| ステップ | やること | 押さえる点 |
|---|---|---|
| 1 資料を1枚に | 4項目+登記・領収書 | 業者全社に同じ紙を渡す |
| 2 名義と相続人 | 相続登記・全員の合意 | 売主の確定 |
| 3 出口を2つに | 性質の違う出口を持つ | 片方が止まっても進む |
| 4 同じ資料で聞く | 出口の違う相手に | 根拠を説明できるか |
| 5 契約と決済 | 告知の記録・免責・目録 | 翌年の確定申告 |

買取業者の数字を根拠を聞かずに受け取る方は多いです。ただ、僕は業者が根拠のない数字を出しているとまでは言いません。根拠を説明してもらえるかを、こちらから確かめていないだけのことが大半です。
「この数字はどの出口を前提にしていますか」と一言聞くだけで、相手の見立ての深さが分かります。答えが具体な相手ほど、信頼して進められますよ。
事故物件の売却に関してのよくある質問

事故物件を売却するとき、お祓いや供養はしたほうがいいですか?
法律上の義務はなく、告げる内容が変わるわけでもありません。ただ、買主の中には、供養を済ませているかどうかを気にする方がいます。行った場合は、日付とともに告知書や資料に添えておくと、買主が判断する材料になります。費用と効果を比べて、ご自身で決めてください。
事故物件の売却で、病死だった家も告げる必要がありますか?
老衰や持病による病死は、国土交通省のガイドラインで原則として告げなくてよいとされています。ただし、発見が遅れて特殊清掃が行われた場合は、告げる側に回ります。死因ではなく、そのあと何が行われたかで線が動く点に気をつけてください。買主から問われた場合は、経過期間や死因に関わらず告げる必要があります。
事故物件の売却はリフォームしてから出したほうがいいですか?
先に直しても、その費用がそのまま価格に乗るとは限りません。買主が業者なら自分で直す前提で価格を出しますし、一般の買主でも好みが分かれます。現状のまま数字を取り、リフォーム後の想定と並べて比べるのが順番です。特殊清掃だけは、告げる内容にも関わるので、済ませて記録を残しておくことをおすすめします。
まとめ

事故物件の売却は、家を直す前に「告げる中身」を整理した人から進むものです。発生時期・場所・死因・特殊清掃の有無の4項目を紙に書き、分からないことは分からないと書く。氏名や発見状況のように書かなくてよいことは書かない。ここまでできれば、売り先が5つのうちどれに向くかが見えてきます。
売り先は、仲介・買取業者・隣地や知人・貸してから売る・解体して土地、の5つです。「時間がたてば告げなくてよくなる」「貸して人が住めば消える」「壊せば関係なくなる」の3つは、国の資料を読むかぎり売買では成り立ちません。免責の特約があっても、知りながら告げなかった事実は免責されないと民法に書かれています。時間を置く判断は、告知が消えるかどうかではなく、維持費を家賃で賄えるかどうかで決めてください。
仲介で売るなら、媒介契約の種類を選んで書面を受け取り、告知書に4項目を書いて写しを残し、内見前に伝える順番を決め、近隣の取引価格から値付けをして値下げと切り替えの期限を先に決めます。相続した家なら、相続登記と全員の合意を先に済ませ、一人暮らしの親の家は3,000万円控除の要件を確かめておきましょう。売れないときは、資料を整え直し、売り先を替え、維持費で期限を切り、解体するなら1月1日と国庫帰属の要件を見てください。
訳ありの家や土地全般の売り先の比べ方は、訳あり物件の売却は「訳」の中身で売り先が決まる|4種類の訳と5つの出口、動く前に整える3つのことにまとめています。兄弟で相続した家の分け方は空き家を兄弟で相続したら?揉めない分け方と3,000万円控除を人数分使う条件に分けて書きました。個別の税額計算は税理士、登記の手続きは司法書士、相続人同士の争いは弁護士の領域です。個別の争いに関するご相談は、法律上、弁護士以外がお答えできない決まりがあります。判断に迷ったときは、お問い合わせからご連絡ください。








実務をしていた当時、相続で止まった家の相談は、家の状態より「何を、誰に、どう伝えるか」で止まっていることがほとんどでした。伝える中身が固まっていないと、業者も動きようがないんですね。
事故物件の売却は、家を直す前に、伝える中身を紙に書き出すところから始めてください。それだけで、相談の相手が答えを返せるようになります。